パンチラフェチ - 性癖研究

最高のパンチラをお目にするために

僕はパンチラフェチです。
パンチラというのはそれは偶然の産物といっても良いでしょう。
女性からしたら決して見せているわけではありません。
見せようとも思っていないのに、実は見えてしまっている。
それも一瞬だけ。
これは奇跡に近いものがあります。
見せるわけではないのに見えること。
見えた瞬間にラッキーと強く思ってしまいます。
男なら皆そうだと思いますが。

ただここでフェチ的な意見を述べますが、パンチラって見えそうなシチュエーションってありますよね。
例えば階段を上っているときなど。
上るときに上を見ていれば時にパンチラにお目にかかれます。
しかし、そのような見える可能性があるところで待ち構えて、期待してガン見しているのではダメです。
それはパンチラーとは言えません。
真のパンチラーは本当に奇跡の一瞬を求めます。
全く期待のしていないところで目に一瞬入ってくるスカートの中。
これを味わったときの感動が情熱のガッツポーズを生みます。
そう、甲子園優勝のような。
ボーリングでターキーとったような。
それくらいの握りこぶしが施されるのです。

しかしパンチラといってもいろんなシチュエーションがあります。
先程言った階段を上るときなんてのは王道ですね。
ここでパンチラをお目にした方も多いはずです。
では僕的になにげに好きなパンチラのシチュエーションをあげていきたいと思います。
同意する方はパンチラフェチ決定ものです。

まずは自転車に乗っている女性のパンチラです。
自転車といっても、走ってるときにスカートがふわーってことではありません。
それも良いのですが、僕の場合は信号待ちをしているときの自転車女性です。
たまに膝上丈のタイトスカートをはいている仕事中の女性のような。
そんな方が自転車で止まっているとき、自ずと片足がペダルに乗っているので膝が上がる状態になるのですよね。
その足の角度によってごく稀にですが、パンチラできることがあります。
僕はこのパンチラがナンバーワンとなっています。
それはなぜかと言いますと、このシチュエーションのパンチラは本当に貴重なものなのですね。
限りなく見えそうなのに、なかなか見えないのです。
見えるはずと思える角度なのに見えない。
本当に足の上がる角度と微妙なスカートの長さの違いで見えるかどうかが決まってしまいます。
僕としては50人に一人いれば最高なのではと感じております。
それだけ簡単には見られない奇跡のパンチラなのです。
また仕事中のというところが気を引くのです。
仕事中の必死なところにパンチラという、素敵な組み合わせですね。

そして次にあげるパンチラシチュエーションは、ガラス張りの建物が二階にあるときです。
分かりにくいかもしれませんが、二階にお店があってガラス張りでできていると、路上から二回の様子が見えますよね。
そのときにそのガラス張りの壁際にスカートの女性がいると、路上からパンチラできてしまいます。
これもまた奇跡の一瞬です。

これの何がすごいのかと言いますと、ガラス張りのお店にいる女性は全く気づいていないからです。
そこにいると見えちゃうかも。
そんなこと少しも感じてません。
本人は単に建物の中にいると思っています。
ですので油断も多いです。
なので、なかなか無いですが、見えるときは思いっきり見えてしまうときもあるのです。
思いっきり見えたらチラではないと言われそうですが、なによりこのシチュエーションは本当に見えるときの確率が低いのです。
ガラス張りの建物でも、その窓際に人がいれるスペースがなければ見えることは無いので。
ですのでいろんな偶然が重なって、やっと拝めることができるというパワーパンチラスポットとも言えるでしょう。

そして最後にもうひとつ。
これは本当に単純ですが、ただ普通に歩いているときに前を歩いている女性のスカートが風で舞い上がったときです。
一見とてもシンプルなシチュエーションですが、意外にこのパンチラはなかなか見れなくなりました。
元々めくれやすいスカートをはく人も少なくなりましたし、第一風が強ければ女性も警戒しています。
そんな日にはパンツの方もいるでしょう。
そうなると、このただ普通に歩いているときにというシチュエーションは実は神からのご褒美とも言えると言えます。
そしてこのシチュエーションの本当のすごさは、見えたときには下着の色や柄までもはっきり見ることができるというところです。

パンチラのことについて語ってしまいましたが、やはり女性が強くなったという今の時代に、なんの苦労もなく、もちろん犯罪でもないラインで女性の下着を拝めることができる、これがパンチラの素晴らしいところなのです。
これからも素敵で感動できるパンチラを拝めるよう、日々の仕事に精をだし、オフのときは性をだして頑張っていこうと考えるわけであります。
そして、最高のパンチラーとなれるように、今日も神にそして風に、自転車に祈るのであります。

全ての男性が愛してやまないパンチラ。そしてパンチラを愛する理由。

パンチラの良さが分からない男性は少ないと思います。 女性には分かりにくい感覚かもしれませんが、男はパンチラには裸よりも、また下着姿よりも大きな、そして違った部分での興奮を感じるのです。 まず一つ目はやはり背徳感でしょう。 これは下着姿や裸の姿を見ても味わうことのできないものです。 下着姿をそのまま見れる場合や、裸を見れる場合は、もうその女性とある程度の関係になっている場合が多いです。 相手も自分に見せることを意識しているし、こちらとしても相手が見られているということを理解しているわけです。 これはいわばお互い同意の上でその姿を見ているわけです。意思疎通の上に成り立っているわけですね。 ところが、パンチラは違います。 まず多くの場合、パンチラは見られている女性は、自分が見られていることに気付いていません。 また、気付いていたとしても、それは本人が見せたくて見せているわけではない場合が多いです。 風が吹いてスカートがめくりあがったとか、しゃがんだ時に見えてしまったとか、そういうパンチラです。 女性自身が理解していて、あるいは男性との合意の上で見せるパンチラというジャンルもありますが、今回はそれについては割愛します。 とにかく、パンチラというのは、男性に見せることを前提としている姿ではないわけです。 見せるつもりがないもの。見せたくはないもの。それが見えてしまっているということに男は興奮してしまうんです。 知っている相手のパンチラが良いという人と、知らない人のパンチラが良いという人、両方好きな人とその指向性は様々です。 どの方向性を持っていたとしても、とにかく相手が見せるはずのものではないものを見ているということ。 つまり、背徳感。 この背徳感が、パンチラを通常のエロとは違う別格のエロさ、いやらしさを感じさせてくれる理由になるわけです。 また、見せるつもりがないということは、その下着はその女性が普段つけている下着であるわけです。 これからセックスをするだとか、勝負下着だとかではない、そのままのパンツが見えているわけです。 そういうパンチラはさらに背徳感を強めてくれます。 人間は他人のプライベートな部分に触れられることはあまりありません。 それこそ家族か恋人かくらいしか、個人的な内容にまで踏み込むことは少ないです。 下着というのは、比較的身近に存在して、尚且つパンチラをしている際には案外容易く見ることが可能な「プライベート空間」であるわけです。 他人のプライベートに土足で突っ込む感覚。さらに、相手はそれに気付いていないという状態。 いわば犯罪チックでもあるこの状態が、興奮度を高めてくれる材料になるわけです。 パンツが汚かったり、ださかったりするようなパンチラはそれをさらに強めてくれます。 必ずしもかわいいパンツである必要も、セクシーなパンツである必要もありません。 ただ、「この子は普段こんな下着をつけているんだな」と思わせる日常的な下着の方が良いんです。 もちろんこれもパンチラ好きによって方向性は色々ですが、私はいかにも「普通」というような下着の方が好きです。 誰に見せるわけでもない普通のパンツを見ることが出来るパンチラの方が、妄想がはかどります。 妄想ついでに付け足すと、パンツというのは何のためにはいているのでしょうか? もちろん衣服を着るのは寒さから身を守る為とか他にも真っ当な理由が色々ありますが、パンツに関しては要するに局部を隠しているわけです。 秘部。パンツの下にはいったい何があるのでしょう? それを想像するのも、またパンチラというものを楽しむ上での醍醐味になります。 また、後ろから見えるパンチラの場合は、パンツに包まれたおしりがそのまま見える場合があります。 それ以外にも、パンツからはみ出したおしりの部分が見えることも多いです。 その、隠された部位が見えているということに興奮を禁じえません。 前からのパンチラの場合は尚更です。 毛がはみ出していたり、場合によっては肉さえはみ出している場合もあります。 それ以外にも透けていたり、その奥にあるものが容易に想像できるような下着の場合さえあります。 パンチラは、当たり前の話ではありますが、パンチラが見える時までどんなパンツをはいているか分からないというのも良い点です。 パンチラはその性質上、一期一会とも言うべき出会いの場合が多いです。 AVでは養殖パンチラなどと呼ばれるパンチラ専門AVなどもありますが、あれはやはり養殖にしかすぎません。 天然のパンチラには、その日その時、偶然にしか出会えません。 体育座りなどの状態でパンチラをしていない限りは、本当に一瞬しか見えないパンチラというのも非常に多いです。 出会えるか出会えないか、出会えたとしてもそれを見ることが出来るかどうかも運次第です。 そのように、日常生活の中で、ほんの少ししか出会えないのがパンチラというものなのです。 その希少さに、私たちパンチラ愛好勢は魅力を感じるのです。 まとめると、つまりパンチラは天然に限るということ。 そして、その一瞬だけの出会いに興奮するということ。 隠された奥を実際に見るのではなく、妄想すること、想像することを楽しむということ。 これが、全ての男性がパンチラを愛してやまない理由だと思います。

いい大人になってもパンチラの魅力から逃れられないパンチラフェチです

もう30近くになっていい大人だし、多くは無いけれど女性経験もあるし、財力もあるので身体の関係に割り切った関係も持つことができるけど恥ずかしながらパンチラが好きです。女を知らない童貞や中学生じゃあるまいし、今更女性のパンツなんてただの布だよと皆言うかもしれません。私も飲み会で同性や異性とパンチラの話題にもなります。私も口では「そうただの布だよ。パンチラごときで一喜一憂していた中学生時代が懐かしい。」「あの頃は初心だったな、ははは。」と大人ぶっています。でも実は今でもパンチラが好きです。というか、女性と2人きりで全裸になったあとのセックスそのものよりも、町で0.5秒見える見知らぬ女性のパンチラ、更には知ってる女友達のパンチラのほうが今でもずっと興奮します。 私のパンチラ原体験は中学3年の時です。そもそも私は大人になるまでずっと女子と接する機会に恵まれてきたわけではありません。というか殆ど引きこもりのオタだったので女子は遠くから盗み見るだけの存在で中学から高校の間女子と会話した記憶もろくにありません。そんな、中学3年生のある日、男女別の体育の授業が終わりもちろん男女別の更衣室で着替えを終えてもとの教室に戻り、次の授業に備えて教室の最前列から最後列にプリントが配って回されました。私は前からまわってきたプリントの自分の分のプリントを取って最後列の女子に振り返って渡しました。上半身をひねって後ろを向くとなんと、そこに思春期初にして唯一のパンチラが、同じクラスの一度も話したことのない女子のパンチラがありました。後ろの席の女子はクラスで3番目くらいの割と可愛い清潔感のある子だったのですが、丁度その時椅子に座って机の上に足を上げて靴下を直していました。足が上がっていたのでスカート丈が長くても股を開いた状態になっていて、さらに夏服のスカートの薄い生地越しに光が入り、真っ白いパンツが輝いていました。その子は私が振り向くことを想定していなかったのでもちろんびっくりした表情をしましたが、机に足を引っ掛けているのでとっさに足を下ろすことができません。何事もなかったようにパンチラ状態を維持したまま「ありがとう。」と言ってプリントを受け取りました。その間1秒。私の記憶のHDDには一生涯静止画として記録されるようになった記念すべき金字塔のパンチラです。 ここでの前提条件としては、中学の教室でパンチラは絶対起こるはずのない現象です。中学生の女子のスカート丈は校則でかなり長く、さらにスカートの下にはパンチラ対策として体操服の紺色の短パンを履いています。私もその短パンまでは何回か見たこともありましたがそれは見慣れていたのでそこまでときめきませんでした。でもその日、私にパンチラをくれた女子は、名前も忘れてしまったので私の中ではパンチラさんは、直前の体育の授業で暑くなったので更衣室で短パンを脱いだのでしょう。 そして教室に戻った後、前の席の目立たないオタクの男が急に振り返るとは思いもせずに不覚にも机に足を上げて靴下を直すという行動に出て、見事パンチラを献上する事態に至ったのです。もっともそのパンチラさんがその時はちょっと恥ずかしかったにしても、何しろただの布ですからすぐに忘れ去ってしまったのは間違いありません。 それでも私はその日から見えるはずの無い物が見えるパンチラという現象の虜になってしまいました。もちろん家に帰ってからその1秒の記憶をオカズに人知れず自家発電を続けたのは言うまでもありません。 中学ではそれ以外にこんなラッキーなパンチラは起こるはずも無く、高校は男子校なのでもちろんゼロ、きらきら輝くパンチラさんの白いパンチラ、それだけが成人するまでの間ずっと私のリアルな唯一のエロ体験だったのです。 パンチラだけの虜になっていた青春時代も末期に差し掛かり、私はいつの間にか地味だけど普通な大学生になり、社会人になり、彼女と付き合い、セックスもして、私もごくごく普通の中年になろうとしています。それなのに、やっぱりパンチラこそがナンバーワンのエロ現象として私のフェチ心を支配し続けています。 パンツなんて、セックスの相手の物を何回も脱がしているのに、そこそこいろんなセックスも楽しんでいて、充分快感も得ているのに、やっぱり街角でパンチラを見かけると天地がひっくり返るくらい動転してしまって、もちろん股間が大きくなって隠すのに苦労するのも、女友達がふとしゃがんだ時に見せてくれたパンチラだけで自家発電のおかずの脳内記憶のメモリーがマックスになってしまうのも、やっぱりパンチラは見えるはずの無い物が見えるというありがたさ、あの時の原体験が元になっているのだと自己分析できます。 セックスは、彼女でもいきずりでも、たとえ思いがけない成り行きだったにしろお互い同意の上でします。そこで裸などどんなにエッチな部分を目にしたり感じたりしても、それは見せるつもりだったはずのものなので意外性がないし、こちらも見るつもりだったものです。 パンチラは違います。女性が隠すつもりのものが、うっかり第三者、男友達に見えてしまう現象です。女性にとっては恥ずかしいか、そもそも気づいていない何のメリットも無い現象ですが、男にとって予期しないボーナスなのです。 丈が長いスカートで油断していても、素材が軽かったり、地下鉄の風で一瞬はためいて慌てて右手で押さえても左側のお尻がピンクのパンチラしてしまった。 短いスカートで膝を気にしてしゃがんでいたのに、急にそれを忘れて体勢を変えた瞬間に一瞬足が開いて黒いパンチラしてしまった。 ゆったりしたロング丈のワンピースで裾をガードしてしゃがんでいたのに素材が柔らかすぎて黄色い小花柄のパンチラしてしまった。 デニムのショートパンツなので油断してお花見シートで胡坐をかいて座っていたら、股間部分からベージュのパンツのジグザグの縫い目部分がパンチラ。 0.5秒だったとしても、パンチラフェチの私はそれだけで永遠におかずにできるのです。断言します、私は三度のセックスよりパンチラが好きなパンチラフェチです。