熟女フェチ - 性癖研究

綺麗な熟女を見ると何処かがギュンギュンします

僕は熟女が大、大、大好きな熟女フェチです。綺麗なおばさんに最も興奮を覚えます。

一口に熟女を言っても年齢幅は広いですが、お婆さんフェチでは決してありません。僕としてはあれは別ジャンルだと理解しています。
やはり40歳代の熟女が一番だと思います。30歳代も確かに悪くはありません。もし実際に肌を合わせるとなったら、まだまだきっと若い肉体を維持している30歳代が手頃なのかもしれませんが、僕にそんなチャンスがまず有るとは思えませんから、ここは妄想の中の話として考えたいと思います。
妄想とは頭の中で有らぬ事を想像する事ですが、動画を見たり小説や漫画を読んだりする事も含みます。そういう条件の中では、40歳代のおばさまが僕のストライクど真ん中になります。

容姿は意外と普通のおばさまが良いのです。あまり美しすぎると現実感から遠くなり過ぎます。勿論不細工はNGです。
体形は丸ぽちゃか、それでなければ逞しい程に大きな女性。でもデブ専ではないので悪しからず。逆にぺちゃパイ、スリムは駄目です。

ところで、熟女の何が良いのかって詰問される方も居られるでしょう。
勿論女子高生や女子大生、若妻など若い娘も悪くないですよ。でもギリギリ発育の良い女子中学生までで、女子小学生のロリコンまで行くと僕にはちょっと理解し兼ねますが、まあ人好き好きですから。
それでは、熟女の何処に僕がギュンギュンになるのかというと、やっぱりあの熟れ切った肉体でしょう。30代まで程のピチピチの張り具合は当然衰えていますが、それを差し引いてもお釣りが来る、蕩ける様な柔らかさともっちりとした重量感のお胸やお尻が最高じゃありませんか。

そして何よりも開発され最高潮に達している熟女の性感は、年下の若い女性には逆立ちしても真似の出来ない領域です。
そんな性感なら若い娘にも敏感なのがいくらでも居ると仰るでしょうね。いやいや、本番はここからでなんです。いえ、あの本番ではないですよ。
それは40ンン年掛けて内に積み上げられた、大人の女性としての落ち着き、知性、分別、常識などなどなのです。それってエロとは真逆の要素じゃないかと思われたあなた、あなたのエロはまだまだ底が浅いです。あなたのは唯のエロ。これは単なるエロではなく、エロティシズムなのです。

考えても見て下さい。セックスなどとはどう考えても繋がらない様なそんな熟女が(熟女を淑女と言い換えても良いでしょう)、性の快楽に負けて半ばに開いた赤い唇から熱い吐息を吐き、体を震わせ、やがてネットリと汗さえ浮き上がらせながら激しく全身を痙攣させる。この普段の表の姿と淫蕩な裏の姿の大きなギャップにこそ、底知れぬ深いエロティシズムを感じるのです。

さあ、ここまで来たらこちらのものです。自分でさえ気づかなかった熟れ切った性感の虜になったその熟女に、僕はセーラー服を着せます。下着はその雄大なお尻には小さ過ぎるイチゴ柄のパンティです。僕のギョンギョンは何故かニュリュニュリュです。次にスクール水着を強制します。豊かなお胸が収まり切りません。とうとう僕は勢いよく・・・。
もう変態と言われようが構いません。こののコスプレにより、しっとりとした大人の女性とは甚だしく隔たったその異常とも言える姿が、さらに奥深いエロティシズムを生み出すのです。理屈ではありません。とにかく僕はこれで興奮します。

変態と言われついでに白状しましょう。もっともっと僕を熱くするのは、母と呼ばれる熟女です。
良き妻であり、優しい母であるはずのこの熟女は、神聖とさえ言える母性を持ち合わせた最高の大人の女性です。
そんな母が、あろう事か獣の雌と化すのです。しかも、相手は小学生の息子兄弟か、息子の友達です。小学生達の小学生に有るまじき厭らしく卑猥な悪戯によって母たる熟女が母の仮面を剥ぎ取られ、一匹の雌獣と化して肉体の激しい快楽の波に翻弄されて行くのです。

ああ、そのショック、その驚き、そして破滅的なそのエロティシズム。もう人によってはグロの範疇かもしれません。それ程にこのギャップには、受け入れ難い深さと幅があります。
これは現実世界では倫理上は勿論、生物学上でも、もしかしたら法律上でも許されざる、まさしく変態そのものです。しかしその究極の熟女の生態が、僕にとって至上のエロティシズムなのです。倒錯と言う言葉が有ります。僕の性的欲求は完全な倒錯であり、既にフェチを域を外しているかもしれません。

自然界では動物はある年齢に達すると、母親が成長した子を追い払います。母親は成長した子を忌避し、子供も追われて母から離れる為に母に雌を感じる事は無くて済むのでしょう。僕も自分の母親とのそんな関係を想像すると、幸いにも、そう本当に幸いにも性的興奮どころか嫌悪感に満たされます。決して僕自身、自分の母にそんな感情を抱いていない事にホッとしています。

にも拘らず僕の熟女フェチは別の話で、他人の家庭内を妄想した時、僕の中に巣食う性的倒錯が僕の体をオーガズム的興奮にまで押し上げてしまうのです。
倒錯と言う極限のギャップによって発散される強烈なエロティシズムの誘惑に、誰に何と言われ様と僕に抗う術はありません。
ああ、神様仏様、母ちゃん、お許しを。