巨乳フェチ - 性癖研究

爆乳フェチを狂喜乱舞させる超爆乳との出会い

かなり重度の乳フェチですが、これはたぶん母や姉の影響と思われます。家系的に先祖代々が貧乳で、DNAの中に貧乳拒否症状が刷り込まれてしまったようなのです。小学生のころから、通り過ぎる女性の胸が大きいと、もうわれを忘れて凝視している自分に気づくありさまでした。とくに夏など薄着の季節は、背中にブラの線が透けて見えたとき、それも3段ホックのような幅広のベルトが見えたときは、そっこうで勃起していました。はじめてオナニーしたのは小学校の4年のときだったのは忘れもしません。その内容は、スイカ以上の巨大な胸の肉球に、顔を押しつぶされ、息もたえだえに突起した乳首にむしゃぶりついている妄想が、そのネタでした。あのときは、自分自身の異常なまでの乳フェチぶりに「ひょっとして、ぼくは性的な変質者じゃないのか」と、少しばかり悩んだほどでした。

童貞を失ったのは、高校2年の夏休みです。百貨店向けのイベント集団があって、アクションもの人気テレビドラマの実演をデパートの屋上でするものでした。ひとつのチームには10人ぐらいの演者(もちろんアルバイト)がいたのですが、その中の一人にとんでもない乳の持ち主がいたのです。国内ブランドの最高カップは、たしかIカップ程度だと思うのですが、その女性の胸は、とてもその程度のブラのカップでは収まらないほどの巨大さでした。こっちは、無類の爆乳フェチなので、もうたまりません。女性に気づかれないように、なにげないそぶりで、その胸を見つめる毎日です。とくに夏の炎天下の中なので、Tシャツにぴたっと張り付いた、そのそびえ立つような胸の巨大な隆起のシャツの下を想像するだけで、我慢汁が止まらないほどでした。家に帰れば、あの巨大な乳房を両手いっぱいに揉みしだき、いやらしい音を立てて吸いまくり、さらに硬直した肉棒を、あの柔らかな2つの球体の間に挟みこむことを想像しながら、マスターベーションするのが日課となっていました。

そんな毎日を過ごしているとき、休憩室でその女性と2人きりになったことがあります。乳フェチとしては、もうそれだけで胸の鼓動が止まりません。でも、異常とも思える乳フェチがばれてしまったら、きっと嫌われると思ったぼくは、できるだけ平静を装い、本当は穴が開くほど凝視したい欲望を抑えて、女性の顔だけを見て話すようにしていました。どうしても、嫌われたくなかったからです。なにげない会話が20~30分ほど続き、彼女は大学2年生で、しかも女子大ということがわかりました。口調もさっぱりした感じで、おねえ肌とでもいったらいいのか。美人ではないけれど、笑うと両頬にできるかわいいえくぼが印象的でした。

で、ちょっと話がとぎれたとき、彼女がちょっと小悪魔っぽい笑みを見せながら、こう言ったんです。「ねぇ、気づいてないとでも思ってるの?」と、正直、ぼくは慌てると同時に、なんと返答していいかわからずに下を向いていました。すると、彼女はさらに続けて「いつも、胸みてるよね」と。あー、最悪。異常な爆乳フェチがばれてしまった。と恥ずかしさのあまりもじもじしていると、彼女はさらにつづけて「別に、見せてあげてもいいよ」というではありませんか。すっかり嫌われると思っていたぼくは、まさに天にも昇る気分でした。なので、正直に、自分がどれほどの爆乳フェチであるかを話すと、彼女は声を上げて笑いながら頭をなでてくれたのでした。

そんなことがあった、確か2週間ほど後のことです。百貨店の実演が大雨で、急遽中止になった日があったのです。メンバーたちは、それぞれ無駄話をしたり、帰り仕度していたのですが、そこへ、例の彼女がそばに来て「これから、予定あるの?」と聞いてきたのです。その日は、家の事情で早めの帰るはずだったのですが、目の前にいる超爆乳が、誘ってきてくれたのです。乳フェチのぼくが、そんなチャンスを逃せるはずはありません。まずはカフェに入って雑談。でも、ぼくはその巨大な胸から目が離せません。彼女は、それに気づくたびに面白そうに笑っていました。で、思い切って「ねぇ、2人だけになりたい」といってみたのです。すると彼女も小さな声で「うん」といってくれたのです。実演が予定されていた百貨店は東京の繁華街で、その裏手には有名なホテル街があります。2人で手をつないで歩きながら向かったのですが、歩くたびに大きく弾む胸を見てるだけで、パンツは我慢汁でじっとり濡れていました。

ホテルの部屋に入ると、なにも言わずに彼女はシャツを脱ぎブラ一枚になったのです。その、すごいこと。爆乳フェチにとっては、まさに女神といえるほどの姿でした。赤ちゃんの帽子ほどもある大きなフルカップにもかかわらず、彼女の乳房は収まりきれずにはみだしています。カップの上に余った乳肉がのっかり、下乳もワイヤーに押しつぶされながら、やっぱりはみだしています。もう、乳フェチとしては我慢の限界です。思いっきりブラの上から顔を押し付けながら、両手で揉みまくりました。でも、両手ではとても収まりきれない巨大さなのです。

すると彼女は「そんなに、慌てないで」というとぼくをベッドに寝かせ、ブラをはずすと上から覆いかぶさってきたのです。砲弾のような形をした巨大な柔肉が、目の前でブルブルと揺れています。乳輪はすごく大きいのですが色素が薄いせいか、そんなに目立ちません。乳首は乳房全体からするとすごく小さく、しかも陥没していました。ぼくは、口いっぱいにほうばりたい欲望を抑えて、ゆっくり乳輪と陥没乳首をなめ上げていました。すると、彼女の口から「ああっ」という切ない声がもれたかと思うと、彼女自身の手で片乳を、ぼくの顔の前に差し出すと「優しく吸って」といってきたのです。

実は、その後のことはあまりに夢中になりすぎて、自分でもよく覚えていません。ただ、ことが終わった後に彼女は「あなたほどの乳フェチは、はじめてかも」といいながら、胸中についたキスマークの後を指差しながら、笑っていました。ちなみに、彼女のブラのカップはGGというサイズのアメリカ製でした。いまだに、あの女性を上回る大きさの女性には出会っていませんが、爆乳フェチとしては、一生忘れられない体験です。

ブス巨乳フェチでどうしようもなくなった話

アラサーの男、マルク(仮名)です。

「――フェチ」のような性的嗜好については思春期の性体験が影響するのではないかと個人的に思っています。 それは、僕がブス巨乳フェチになった理由がそこに大きく集約されているからです。

時期は明示できませんが、思春期の性欲を一番ぶつけていた学生時代の先輩がブス巨乳……というよりも爆乳でした。 美人とは真逆のような顔でしたが、スタイルは長身色白で爆乳という先輩。

とてもいい人で僕もそういう関係になる前から仲良くさせてもらっていたのですが、ある日二人きりで回りに誰もいない状況になった時に、もうどうしようもなくなって先輩の巨乳を鷲掴みにした記憶があります。拒否反応があるかと思ったのですが、まんざらでもない感じで、そのままそういうみだらな関係になりました。

推しに弱い先輩だったので、お願いすることでありとあらゆる巨乳を使ったプレイができました。当時はエッチする度胸はなかったのですが、パイズリと授乳手コキはほぼ毎日と言っていいほど卒業までやってもらっていました。今ではいい思い出です。

その先輩とは進学を機に離れ離れになってしまうのですが、大学に入った僕はますますブス巨乳フェチに磨きがかかりました。基本的にブスなのであまり男性から相手にされないので、好意を露骨にアピールするとコロっと落ちてくれるケースが多かったのです。また、大抵が押しに弱い(たまに勘違い系も居ますが)ので、コスプレやら僕のもう一つのフェチであるルーズソックスフェチを充足するような制服プレイも楽しめました。

ブス巨乳フェチが極まってくると、衣服の膨らみやら歩き方で巨乳かどうかがわかるようになってきました。基本的にあまり自分の見た目に自身のない女性は、そういったスタイルを出さないような服を着たり、自信のないような歩き方をするのですが、そういったのを見分けてアプローチする技術が自然と身についたのです。

結局、大学時代は特定の彼女を作ること無く、様々なブス巨乳とエッチを重ねていました。ここまでブス巨乳と書いていますが、この時から「ブス」というのはあくまで呼び方のようなもので、僕は彼女たちにとてつもない魅力を感じているようになったのです。言い換えると、「周囲にあまりウケないようなルックスで、実は巨乳」という属性に取り憑かれていたわけです。

社会に出てからは学生時代のように入れ食いという訳にはいきませんでしたが、ターゲットとなる年齢層を広げると新たな楽しみがあることに気づきました。

ギリギリ40代ぐらいで性欲を持て余しているようなブス巨乳の方と、いろんなコスプレエッチをするという点です。その中でも、実際に学生の子供が居るような女性に、学生の制服を着せて挿入する瞬間というのは一番の高まりがあったような気がします。

ただここで気をつけていたのは、人妻にむやみに手を出すとリスクがあるので、そうでない女性にあくまで身体の関係だけと割り切った上でエッチをすることでした。 ありがたいことに、その年齢の女性たちはそういった「割り切り」に対して比較的寛容で、僕はブス巨乳との営みを学生時代同様に楽しむことができたのです。

ただ、20代も後半になり自分の身を振り方を考えた時に、いつまでも自由にブス巨乳フェチを充足しているといつかどうしようもなくなる――という強迫観念のようなものを感じました。流石にそろそろ、彼女を作って身を固めようと思ったわけです。

厳密にはそれまでの期間でも彼女が居なかったわけではないのですが、結局付き合ったりデートしたりするということを考えると、自分の性癖にはあまり関係ないルックスの部分を多少なりとも考えてしまい、結果として交際が長続きしなかったのです。

かといって、単にエッチなことをするだけではなく、自分が結婚したくなるようなブス巨乳とは何か――ということについて考え始めてみても、明確な答えは出ませんでした。性癖、現実、自分の意識的な部分、それぞれが乖離しているような状況にあったのです。

そんな折、僕のブス巨乳フェチの源流である学生時代のブス巨乳先輩と再会しました。結局はこの人に落ち着くのか――と僕も納得しかけ、学生時代の各種非礼や非行を詫びつつ普通にお付き合いしようと最初は考えていました。ところが、実際に何度か会う内にそういった面は薄れ、結局はエッチなことばかりしてしまうのです。

前から押しに弱い先輩だったのですが、以前にも増して押しに弱くなりドMの様相を呈していたので、様々なプレイをするようになりました。一番多かったのは、似合わないような服(ゴシック系・ギャル系・タイトな服)を着せて街をさんざん歩かせた後に、ご褒美でホテルにつれていくというパターンでした。ピチピチのセーラー服を着せて、爆乳の部分は隠しつつ、段腹になっているだらしないお腹を掴みながら果てるのは最高に気持ちがいいです。果てた後に服を脱がせてその爆乳に吸い付くのも、この上ない悦びがあります。ブス巨乳フェチの至高の瞬間ではないでしょうか。

結局、先輩とは付き合うとかいう約束を交わすこと無く、エッチなことをするためだけに同棲し、毎日乱れるようになっています。事実的には交際しているようなものでしょうが。

今、僕がどうしようもなくなっているというのは、この先輩との関係です。先輩のことは色々過去のこともあり、申し訳無さから結婚までも考えているのですが、これが単に性癖の行く果てなのではないかという思いがあるのです。本当に身勝手だとは思いますが、ごく僅かながら普通の美人を嫁にしたいという顔をした僕も居るのです。

これだけの関係があるのに踏み切れないというのは、僕が性癖でどうしようもなくなっているという事実の表れでもあります。 まぁ、結局……先輩とは結婚することになるとは思います。僕がブス巨乳フェチを卒業できるとは思えないからです。

何だかんだいって、大きいおっぱいが好き!

小生、38歳の男性です。 こんなこと書いたら冒頭から変態扱いされてしまうかもしれませんが、 ガキの頃から巨乳フェチです。ベタですが、やっぱり大きなおっぱいが好きなんです。 昔のテレビは放送コードが今より緩かったのもあり、ゴールデンタイムでも平気でおっぱいが放送されていました。 (例:ドキッ!女だらけの水泳大会) 大体、そういう時のポロリ役は当時のAV女優で巨乳の方々でしたが、そんなの見せられた日には当たり前ですが息子は元気になったものです。 それを見かねた父親が、「おぃ、お前の好きなおっきなおっぱいだぞ」なんて冷やかしてきたものですが、 そんな父親もきっとおっきなおっぱいが好きだったのでしょう。父が借りてきたビデオは大抵が巨乳モノでしたからね。 遺伝子はしっかりと受け継がれて、見事な巨乳好きサラブレットとなった私です。

そんなこんなで、小学校時代には既にプレイボーイや週刊誌などのグラビアページで見る裸体は、 巨乳の女性にしか興味を持たなくなり、親父が持って帰ってくる雑誌が楽しみで仕方ありませんでした。 でも、ペチャパイの場合だと興味がないのであまり読みませんでしたが、隙あらば本屋さんの成人雑誌コーナーへ忍び込んで、 買うとまではいきませんでしたが、巨乳の表紙を見ては「いつか買ってみたい」と紋々を野望を燃やしていた記憶があります。 中学生くらいになると、学校にエロ本とか持ってくるヤツとかいるので、そういうヤツから借りて読んでは自慰行為に及んだり、 親父が隠しているビデオを見たりと、順調に巨乳フェチとして育った私。当時(今から25年前)にインターネットなんてものがもし身近にあったら、 きっと我が家の通信費はとんでもないことになっていたかもしれません。そう考えると、現在の男子がものすごく羨ましいです。 だって、ストリーミングやサンプル動画でいくらでも無料で、しかも色んな巨乳が堪能できるじゃないですか! こればっかりは時代のせいですが、当時は与えられた情報の中から、何とか自分の性欲を満たそうと考えていたものです。

高校時代になると、もうビデオですよね。同じ部活の友人はさらに上をいっているヤツで、 すでに中古ビデオショップに出入りしているみたいだったので、実際、一緒に行ってみました。 しかし、そいつがホームグラウンドとしている店が私の地元にあるので、入店の際は周りを要チェックしてから入りました。 誰に会うか分かりませんからね。冷や冷やしながら入店したその先にはパラダイスが待っており、 隅から隅まで観察しました。当時はこういうお店に高校生が平気で出入りできる状態でしたから、 インターネットが無かった分、チャラになりますね。もちろん、制服で行ってはまずいので、 一応、私服で行きましたが。私は実年齢よりも老けて見られるので、普段着だとまず怪しまれませんでした。 (居酒屋も普通に出入りできましたから)

そこで選んだのが、飯○愛のビデオ。そこまで巨乳ではありませんでしたが、当時人気No.1AV女優として名を馳せ、 後にあの伝説の深夜番組「ギルガメッシュナイト」の司会を務める有名人でしたが、公表ではDカップ。 私としてはもうちょっと欲しいところでしたが、まぁ、そこは我慢して鑑賞しては何度も発射。 これが私の本格的なAVデビューとなり、これ以降、購入するビデオやエロ本は当たり前のように巨乳中心のものになりました。 当時から細身で巨乳という女優さんはいましたが、麻生早苗さんにはだいぶお世話になりましたねぇ。 1時間で3回とか自己処理シテましたから(苦笑)今じゃ考えられないです。一度、引退して、数年前に復活した時にはものすんげぇ興奮しましたからね。 サンプル動画で何度ヌイたか分かりません(笑) そう考えると、その当時活躍した巨乳の女優さんが今では「巨乳熟女」というカテゴリーで復活してくれることは、 私のような巨乳フェチにはたまらない現象ですがね。 高校時代、CDを借りるついでにAVコーナーへ突入して、見てみたい巨乳ビデオを数本手に取ったはいいけど、 カウンターで「こちらの商品は18歳以上の方にしか貸し出しできないんですけど・・・」と注意されたのはすっごいいい思い出です。 「あ、やっぱり個人情報のバーコードって、ナメちゃいけないんだな」と。情報システムの進歩を感じた瞬間でした。

大学時代も相変わらず巨乳AVを借りては自分で処理する生活が続き、彼女がいた時期もありましたが、 決して巨乳の彼女ではなく。まぁ、SEXが男女交際の全てではないのでそこは別物と考えていましたが、 20代半ばの頃に、キャバクラで知り合った嬢と遊びに行ったときにイイ感じになり、そのまま交際に発展した事がありました。 同い年の彼女でしたが、正直体は太め。しかし、それを補うような巨乳。 しかも、出会って2回目でSEXまでいってしまいました。2人で遊びに行った流れでイチャイチャが始まり、 帰りは彼女の自宅アパートまで送った後に二人の性欲が完全に爆発し、私は彼女の体をムシャぶりつきました。 太い体ながらも、大きなおっぱい。こういうのってビデオの中だけだと思っていましたが、 実際に目で見て触ってみると凄い感触でした。柔らかく大きく、でも乳首を舐めると感じる敏感さ。 交際よりも先に性交が先になってしまいましたが、これがきっかけで交際が始まり、その後1ヶ月は猿の如くSEXしまくりました。 女性経験の少なさが手伝って、大きなおっぱいを攻める毎日。キャバ勤めだったので主に夜に出勤ですが、 出勤前の時間のない中でもSEXしてから出勤させたり、夜ヤッて朝起きてから朝勃ちの状態を利用してヤッたりと、 巨乳を堪能した時期でした。後から確認すると「Gに近いFカップ」との事で、まさに理想でしたね。

しばらくしてこの彼女とは別れましたが、今でも自己処理のオカズとして登場してもらってます。それだけ、印象強い女性でした。 (巨乳というだけでなく、根本的にエロい彼女でしたので) この影響か、職場の先輩と一度だけ行った風俗(本番OK)でも、選んだ嬢は巨乳で太め。 残念ながらこのときは溜めすぎて挿れた瞬間にイッてしまいましたが、それでも巨乳は堪能できたので、満足のいくSEXでした。 現在では結婚して嫁がいますが、Aカップ。物足りないなんてものじゃありません。 今思えば、長男を産んで妻が入院している最中に、巨乳のデリヘル呼んで楽しい思いをすれば良かったなぁ、と思うことしばしです。 そんなチャンスは今ではもうありませんが、早朝に起きて家事をやる傍ら、ネット動画で巨乳を楽しいでいます。

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